つれづれみちづれ

大概毒。突然語り出す可能性

見るな

言ったからな 見るなよ!

私も弱い人間なもんで、強い女にめちゃくちゃ憧れる。憧れてた。実際件の人(「見えねーとこでやれ」の人)には憧れてた。けど強いの意味が違ったな。誰に何言われてもケロッとしてひらりひらりと躱す強い女が好きだったんですよ、私は。誰に何言われても聞かねーような女が。それが何だ、誰もお前に向けて言っちゃいないよって感じの意見にまで噛み付いて相手が私が悪うございましたと言うまで離さねえんだ。なんだお前は。私はあなたを強い女だと思って愛してたんだ。お前は誰だ。どこの野良犬だ。そりゃ野良犬は強い。守るもんが自分だから。強い女も強い。守るもんが自分だから。でもね〜やっぱり噛み付くタイプの強い女を好いた覚えはないね。自分大好き!って言ってるお姉さんが大好きだったよ、めちゃくちゃかっこよかった。綺麗だった。今も顔は大好きだよ。精神ズタズタでも美しいものは美しい。間違いなく!だからあなたはずっと美しい、心は知らない。あなたの心なんて、もう知らない。知らないからな!

それにしても私の言葉の全てがあなたへの誠意で成り立ってたのに、それを嫌味だなんだって言うあなたの方が嫌味だわ、なんて悲観してる。見えないとこでやるよ、お望み通り。ブログが呪詛ばっかりになるのなんて私は望んでないんだけど。あの人の悪態の全てが私に向けてだと思って苦しくて仕方ないので、私はしばらくはTwitterに行かずにここで悪態をつきまくります。

見えねーとこでやれ

見えねーとこでやれやと怒られたので見えねーとこでやってやろう。と思ったが見えねーと意味がねえなさては。書き始めたはいいものの状況を説明するのもめんどくさい。見ようとしなきゃ見えない状況のものを見た相手に見えねーとこでやれやと怒られた、としか言い様がない。もっと詳細な説明をしたらまた怒って飛んできて「見えねーとこでやれ!」って言われちゃうからさあ!これ以上は言えないわけよ!!

てか数日前のことなので怒りは収まってて、私は見たくなかったのでミュートかましてたんですが怒りが収まったのでミュート解除したら私に対する悪意が数ツイートにわたって展開されていてドッヒャー!と、絶賛ナイーブ期のわたくしは泣いちゃったわけでございますね。たかだかTwitterごときで泣く私も私だが4日前のことを何回か掘り返すあっちもあっちだな。これに関しては異論は認めません。

結婚も妊娠もしてない癖に、というのがどうやら相手の方の私に対するメイン批判ポイントだったらしい。知るか。齢18のオタククソ女が結婚も妊娠もするわけないだろ。

それはそうとしても結婚は別にしたくないし結婚する人の気持ちもあんま分かんない。最上の愛は結婚なのか?じゃあ同性愛者は永遠に最上の愛を最愛に贈ることが出来ないのか?と言われるとなんかそうでも無い気がする。それはしようとしても出来ないからってのもあるんだけど、誰も彼も結婚なんて求めてもないような気がして。この話も今の私と同じようにナイーブなのであまり話さない方がいいんだけどまだちょっとだけ話す。

でももし今同性愛者の結婚が許されたら、以降に生まれた同性愛者はやはり結婚を目指すのだろうか。道が閉ざされているから目指さない人が多いように見えるだけなのだろうか。なんて考えてて。どうなんだろうね実際なってみないとわかんない話だ。特に私みたいな馬鹿にとっては。

私みたいに結婚したくない人は等しく生産性のない人間として扱われる、のだろうか。生産って、何だ。何となく人から離れた雰囲気があってこの言葉は好きじゃない。人に人としての営みを、とかめちゃくちゃ声高に叫びたいわけじゃないんだけどそれでもなんか生産性って言葉はもやもやっとするね。

 

何の話がしたかったんだ。

 

分かんないけど今この話をTwitterでしたら怒られるので話さないでおくよ。見えねーとこでやれって言われたからさ。じゃあね

音楽は永遠ではない

音楽は永遠ではないなあ、と思うことが増えた。

多分三、四年前の話だけど、私は、いい音楽は永遠に残ると、(私的に)いい音楽を聞きながら信じていた。

一部のオタクと女性SSW好きしか知らないような音楽だった。

今思えば、とんだ過信だと思う。でも私は信じたかった。自分の好きは世界の好きだと、私が好きなものを世界も受け入れてくれると。

我ながら気持ち悪いなと思う。

でも当時私は信じていた。

多分本当は早い段階でその魔法は解けていたんだろう、信じたいという感情だけで長い間疑念を封じ込めていたんだろう、そう今になって思う。

 

キッカケは忘れてしまったけれど、いい音楽も永遠じゃないと気づくタイミングがあった。

 

あんなに素晴らしい音楽でも、多分、きっと、永遠ではない。

 

その事実は私を随分苦しめた。

気づいてからは何気ない人の評価にも過敏に反応してしまうようになった。きっと周りの人も見るに堪えないと思っていただろう。

 

 

けれど、私はその音楽は誰かの永遠にはなったことを知っている。

誰かが死ぬ間際まで追い続けた音楽だと、知っている。だからそれでいい。

 

会った最後の日から、だいたい一年になる。

だから、思い出したようにこのブログを書いてる。

最後に会った日から一年ぐらい経つ。というか、もしかすると一年はもう過ぎてるかもしれない。あやふや。

まあ最後に会ったライブの日以降どうも都合が合わなくて、私はライブに行けなくて、でもその人のライブならどこへでも行くようなお姉さんだったので、またきっとどこかで会えるだろうと思っていた。私は、お姉さんに良くしてもらってて、「〇〇(私の音楽系アカウントの名前)ちゃん!」ってよく呼んでもらって、グッズの代行やら何やらいろいろしてもらってた。でも、私はお姉さんのことをなにも知らなかった。好きな声優が同じぐらいしか知らなかった。

徐々にTwitterの投稿が減って、というか途中で全部消して、アカウントを二つ知ってたけどどちらも動かなくなって、ある日にアイコンが真っ黒になってた。メンタルがヤバいのかも知れないなって思った。助けてあげたいと思ったけど私は未成年で、酒豪だったお姉さんにお酒飲みに行きましょうとか言えなかったから、いつか呟いてくれるのを待っていた。

 

二度と呟かなかった。

 

そのお姉さんは、御病気でお亡くなりになっていた。

ギリギリまでライブに足を運んでいたから一層誰も分からなかったみたいだけど、元々持病があったらしくて、それが原因でお亡くなりになった。朗らかで、優しくて、でも芯があって、美しくて、波長の合ういいお姉さんだったから、私は今でもその人のことを思い出すと泣いてしまう。

 

お姉さんは結構ギリギリまでライブに足を運んでいたように思う。

亡くなられる間際もきっと、あの音楽を追い続けただろう。だから私は、その女性SSWの曲が お姉さんの永遠にはなったと信じている。信じたいだけかも知れない。

 

 

音楽は、永遠ではない。音楽を再生するために必要な音楽プレーヤーも、私のためだけの音楽の世界を作り出してくれるイヤホンも、データ化された音楽も、壊れる。CDも、割れる。

もし、何百年もいい音楽が残ったとして、その音楽の新鮮さは失われている。私たちの知っている音楽ではない。私たちが何度も音楽を消費する楽しさは、その年齢、気分にマッチするからだ。もしくは、その年齢、気分に憧れているからだ。その音楽がマッチしなくなったら、憧れじゃなくなったら、多分自分のお気に入りの解釈ごと、音楽は死ぬ。

そもそも一般人なんて音楽を聞くことにそんな大層な意味を感じているのか、と聞かれると多分それはないよなあと思う。音楽を聞くことに大層な意味を感じているのは、いい意味で気持ち悪い人たちだけだ。音楽に縋るような、愛すべき一人ぼっちだけだ。音楽に共感するような恥ずかしい一人ぼっちだけが、いい音楽が永遠か永遠じゃないか知りたがる。私みたいなやつが。

いい音楽はみんなの永遠にはなれない。でも、私の中の永遠にはなってほしい。私は死ぬ間際まで追い続けたい。

 

そんなことを思いながら、今日も歌を聞いている。

 

最後に、そのSSWを紹介して去ろうと思う(ちょうど今日動画がアップされたので)。

いい音楽を作る人だから、聞いてみてほしい。あわよくばライブに行ってみてほしい。

 

クソ面倒くせえ時代にクソ面倒くせえ人間(サムいオッサンと私)が増えてるね

なりたくない人、というのがみんないると思う。

女子高生は汚いオッサンにはなりたくないだろうし、オッサンは老害にはなりたくないだろうし、老害は無知で失礼(老害基準)な若者にはなりたくないと思う。

私は女子高生なので汚いオッサンにはなりたくない。でもそれ以外にもなりたくない人がいて、それが人を馬鹿にして笑いを取る人

 

バラエティでもそういうタイプの人を見るのがずっと嫌だった。というのも、私は外見・内面問わずコンプ拗らせまくってて(デブ・ブス・ジャニオタ・アニオタ・運動音痴)人に馬鹿にされ続けてたから。オタクこそ強い、みたいな高校に入ってさまざまなオタク活動に勤しんでいることに対して尊敬の念を抱かれるまで、外見至上主義の世界にいたので特に今も外見コンプはある。

高校のみんなは優しいので、「ふわふわ〜!かわいい〜!」とか言ってくれる。まあそれ大嘘だと思うけど

 

人がブサイクなこと。運動が下手なこと。ロクな勉強が出来ていないこと。

その全てが、その人が選んだことではないわけですよ。

 

「ブスなら整形しろ」

ブスが整形したら馬鹿にするのは誰だ。どうせお前だろ。

 

「運動が下手だからってサボるな」

一挙手一投足がもうド下手くそで笑われる私の気持ちが分かるか?分からないなら黙ってなよ。

 

「馬鹿すぎて話したくない」

学級崩壊してて授業がロクに受けられなかった上に知らぬ間に家に借金があって塾に通えなかったんだよこっちは!!!!!!!!話したくないなら散りな!?!?!?

 

今までのは架空敵(見たことはあるけど実際ここまでヤベー奴には会ってない)に怒ったんだけど、ここからは私の具体的な体験談。

 

学校の先生でいませんでした?バカキャラの生徒をわざわざ当てて「〇〇さんならわかると思うけど〜!」っつって的外れなこと言わせて「うん!全然違う」みたいな一連のサムいくだりする先生。

久しぶりにあれに会ったんですよこの間。友人がその標的だったんですけど、もう気持ち悪いのなんのって。早めにくたばってほしい。

その先生にはその先生なりの苦悩があるんだろうなとは思う。

実際、授業がクソつまんねえし。疑いようもないゴミのような授業をしなさるんですよ。

でもそれをどうにかしようとして、その結果が、多分人を馬鹿にして笑いを取るってことだったんだろう。

理解できないなあ、と思う。理解したくないなあ、とも思う。

そんな私の思いとは裏腹に、その人がそういう笑いを取ろうとしていることを理解してる人が、笑ってる人が大半だった。一番、気持ち悪かった。馬鹿にされた本人も笑ってた。おかしいだろ。その後聞いても全然平気そうだった。麻痺してんじゃん、ブッ潰れてるじゃん、気持ち悪くて、腹立たしくて、その子が見えるところで「人のことを馬鹿にして笑いを取る人になりたくない」という文章を書いたら関係が悪化した。私はお前を可哀想だと思っているのにという傲慢な虚無感が私を苦しめた。その投稿はさすがに消した。でも、この苛立ちやらなにやらを忘れたくないから、ここに置いておくことにした。

 

多分これも、共感性羞恥なんだろう。

隣に座る少女がそうやって馬鹿にされているのを聞いて、私は確かに言い様のない屈辱を覚えたんだ。顔が真っ赤になりそうなぐらい恥ずかしかったんだ。気分が悪かった。目の前に座りながら人を馬鹿にして授業をする汚いオッサンのことを気持ち悪いと思った。早くくたばらねえかな、と思った。ずっと嫌いだったけど、少人数の授業でまでそういうことをする、そしてそういうことを許容させようとするのが嫌だった。

 

幸い、あと片手で数える程度しか授業はない。早くオサラバしたい。先生と呼ぶことすら嫌なので…。その先生によって狂ってしまった友達とは分かり合えないまま終わる。学校自体がもうあと少しで終わるし。まあ私はその友人と仲良くしたかったんだけど、多分私のことが嫌いなのでもういい。あちらが何かを言ってきたら返答するぐらいの関係でいいなと思う。わざわざ気を使って相手の面倒を取るのが面倒くさい。クソ面倒くさい。人間関係はクソ面倒くさい。

 

みんなも、人を馬鹿にして笑いを取ろうとする人にならないでくださいね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!なったらシバくからな!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

忘れたくないことは思い出に

27歳の美しい女性が会議室を退出した瞬間、私の9月8日15時~16時50分の間にあったことは全て思い出になり始める。

 

幸せのイメージは 捉えた瞬間過去になる

 

わかるけどわからない歌詞が、昨日はなぜかよく分かった。なんでかわからないけど。

 

大好きな人と2時間近くお話することは私にとって奇跡でしかなかった。

ジャケ買いしたCDの話。歌詞の話。愛猫の話。全てが幻覚なんじゃないかと思った。夢なんじゃないかと思った。現実な気がしなかった。最後の記念撮影も、握手も、全て私の手元にないから私はそれを現実だとあまり思えていない。握手した感覚は確かにあった。美しく細い手に、私の赤ちゃんみたいなブクブクした手が包まれた瞬間を覚えている。何度もリリイベに行ったので、おそらく幾度となく繰り返してきた行為だったはずだ。けれど2時間話し続けた後の握手は意味が全然違って、私はなんだか泣きたくなった。

 

彼女の目頭の青と、ティファニーブルーの爪と、魔法の言葉を忘れないようにTwitterで喚き散らした。 どうせいつかはみんなに知られる内容だけど、今はまだバレてはいけないから、ファンを誰もフォローしていない鍵のかかったアカウントで必死に喚き散らした。忘れたくない。忘れたくない。その思いだけで書き連ねた。ティファニーブルーの爪は右手人差し指だけ私と同じ爪の色で、この人はきっとずっとギターを弾いているのだと思った。

忘れたくない。出来るなら、思い出にすらしたくない。ずっとずっとあの時間が続けばいい。それが許されないから、忘れないように思い出にする。

 

次いつ会えるかはわからない(チケット取れなかった)けど、会えたら「この間はありがとうございました」と言って、手紙を渡すつもりでいる。覚えてくれているといいな。

早く会いたい。

 

寝たい

寝たい。ひたすら寝たい。寝たらいいだろって言われると思う。でもなんか違う。具体的に言うと学校に行きたくない。学校に行けば楽しい。でも学校に行くまでがあまりに長い。この時間寝たいって死ぬほど思う。

家から駅まで徒歩で15分。そこから20分程度電車。次に徒歩で5分。そこから別の電車に15分程度。そこから学校まで5分程度。計およそ1時間。片道。往復にすると2時間。2時間あれば何が出来る?

 

2時間寝れる。

 

寝たい。1分1秒でも長く、寝たい。2時間。寝たい。

学校に着いてから大抵6時間授業。50分×6、毎時間休憩時間は10分。昼食時にはプラスで30分。60×6+30=390。6時間半。6時間半あれば何が出来る?

 

6 時 間 半 も 寝 れ る 。

 

めちゃくちゃ寝れるじゃん。6時間半にプラスして2時間。8時間半。8時間半寝れる。天国。

でも寝れない。万が一ズル休みでもしようものなら罪悪感で一睡も出来ない。1時間も寝れない。1分意識が飛んで終わり。8時間半寝ることは私には不可能。しんどい時は今すぐ解放されたい…って思うから8時間半を楽しむことも出来ない。

そう、私は

 

公的な理由で正々堂々8時間半寝たい。

 

以上です。ちなみにテスト期間は1時ぐらいに帰ってきてそこから4時間半ぐらい寝てました。

ジャンルのいのちのみじかさ

とある記事をお見かけした。某ジャンル撤退をするに至った経緯が書かれた記事だ(この記事におけるジャンル、というのは同人界隈で用いられるジャンルという括り方。同人では作品名がそのままジャンルということになる)。

私もそのジャンルに足を踏み入れ、ジャンル内に蔓延る諸問題に不快感を覚えてそこから撤退した。若い層が諸問題を見て見ぬふりして擁護していたのも理由の一つではある。

自分が達観しているとかそういうことは全く思っていないけれど、私は比較的年齢層が高め(成人済が多い)ジャンルにどっぷり浸かることが多い。たとえばゲームはソシャゲよりは通常のソフト(Vitaで出てるようなやつ)。一気にお金を出さなければいけないからか、若い層は近年あまりソフトを買っていない気がする。知らぬ間に敷居が高くなったソフト系ゲームのジャンルは、だいぶ20歳以上が多いような気がする。私の学校は学校の特性上オタクが多いが、私の周りで私がハマっているゲームをしているのは20を過ぎたある先生ただ一人。誰に聞いても「あっ、主人公がかっこいいよな!気にはなってるけど高いからな〜」と言われる。アニメやるので見てください。

 

とまあ、あまりソシャゲ界隈に足を踏み入れたことがない私がクラスメイトやTwitterをそれなりに観察して思ったのは、1ジャンルの命が随分と短くなったということだ。元より1クール毎に沼を変えて生きていくような人は一定数いたが、ここ何年かでグンと増えた印象を受ける。

ではなぜソシャゲが流行ったらジャンルの命が短くなるのか。私なりの意見を述べさせてもらう。

 

  • ソシャゲ=終わりがない ので挫折する
  • 激戦区なのですぐに人が入れ替わるし流れが早いのでいくつも並行するのも大変
  • そもそもソシャゲを作っているのも我々と同じ人間なので永遠に同じクオリティのことを出来るわけではない
  • 基本的にソシャゲはリリースしたら一気に人が集まるからすぐに燃やそうとする人が出てくる
  • 無料で出来るからよっぽどな課金をしない限りはすぐ消せる

 

以上だ。どうだろうか。これは私が体感したものも含んでいる(特に一番上)。

 

まあリストアップしたところでだからどうしたでしかないとは思う。私も今だからどうしたと思っている。ただ本当にこの世界には盛者必衰がお似合いな言葉だなと思う。皮肉とかではなくて。

 

この先、シリーズになってでも10年、15年と続いていくソシャゲはあるのだろうか。